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アリとキリギリス、どちらが正しいのかーーNISA貧乏とNISA難民のあいだで

少し前に「NISA貧乏」という言葉をみて、イソップ童話の「アリとキリギリス」を思い出した。
誰でも知っている一見単純な話だが、時代や場所で解釈はいろいろと変わり、奥深い物語だ。

夏の間、アリはせっせと食料を蓄えた。キリギリスは歌い、踊り、今この瞬間を謳歌した。やがて冬が来て、キリギリスは飢えた。アリは生き延びた。

教訓:勤勉に備えよ。

——と、私たちは教わってきた。

でも少し待ってほしい。時代を少子高齢化社会の現代に置き換えると、この話はそんなに単純ではないだろう。


現代のアリ=「NISA貧乏」

現代のアリとは、こんな人たちなのだろうか。毎月のNISA枠を満額埋め、外食を控え、旅行も我慢し、「老後のために」と今を削り続ける。iDeCoも満額、保険も見直し済み、家計簿アプリは黒字。資産運用の観点からは、ほぼ完璧だ。

でも彼らの多くはこう言うのではないだろうか。「忙しくて旅行に行けなかった」「子どもが小さいうちにもっと一緒にいればよかった」「友人との食事は贅沢だから断ってきた」と。

正しいことをしているはずなのに、豊かじゃない。

これが「NISA貧乏」だ。金融資産は育っているのに、人生の体験という資産が空洞になっている状態。60代でようやく資産を取り崩せる段になって気づく——「体が動かない」「一緒に行く友人がいない」と。

アリは冬を生き延びた。でも、夏の記憶がない。


現代のキリギリス=「NISA難民」

一方で現代のキリギリスとは?

「今が楽しければいい」と20代・30代を謳歌し、貯蓄より体験に投資した。旅行、友人との時間、好きな仕事。お金には執着しなかった。それ自体は悪くない選択だったかもしれない。

問題は70代になったとき。体は元気で、気力もある。でもお金がない。国民年金だけでは月10万円を大きく割る、生活保護の申請をためらいながら、働ける体なのに雇ってもらえない。

キリギリスは夏の記憶がある。でも冬を越せなかった。


二元論の罠

ここで多くの人が陥る二元論の罠がある。
「じゃあアリとキリギリス、どちらが正しかったのか」という問いを立て、どちらかを選ぼうとすることだ。

でも、これは間違った問いの立て方だ。

アリかキリギリスかではない。人生のどのステージにいるかによって、何に投資すべきかが変わるのだ。


投資の対象はステージで変わる

「投資」という言葉を、金融商品への投資だけで考えるから話がおかしくなる。人間が行う投資には、大きく分けると3種類あると思う。

・人的資本への投資(健康、スキル、知識、資格...)
・社会資本への投資(家族、友人、知人との時間...)
・金融資本への投資(株、債券、不動産...)

そしてこの3つの「利回り」は、年齢によって劇的に変化すると思う。

・20代:人的資本と社会資本の土台づくり

20代は時間が最大の資産だ。この時期にNISAを満額埋めることより、スキルを磨き、旅をし、失敗し、人と出会う方が、長期的なリターンは圧倒的に高い場合が多い。年収が100万円上がれば、40年で4000万円の差になる。NISAで年利5%を得るより、スキル投資で年収を上げる方が効率的なことも多い。同時に、この時期は社会資本の種まきの時期でもある。学生時代の友人、最初の職場の同僚、趣味の仲間、旅先で出会った人。すぐには役に立たなくても、異なる世界に生きる人とのつながりは、後になって仕事の情報や人生の選択肢を運んでくれることもある。
「今を楽しむ」ことは、単なる刹那主義ではない。経験と人間関係を増やす、未来への投資になりうる年代だ。

・30〜40代:三資本の並走期

収入が安定し、複利が本格的に効き始める。この時期から金融投資の比重を上げる意味が出てくる。ただし同時に、子育て・健康・人間関係への投資も怠れない。子どもとの時間、パートナーとの対話、親との関係、友人との細い付き合い。家計簿では外食代や旅行代に見えるものの一部は、社会資本への積み立てでもある。この時期は、仕事と家庭だけに人生を閉じ込めやすい。だが、会社の人間関係だけに依存し、友人関係も趣味も消えてしまうと、退職した瞬間に社会資本の残高まで失うことになる。金融資産と非金融資産を並走させる。もっともバランスが問われる難しい時期だ。

・50〜60代:資本の最終設計と、関係の再構築

金融資本の取り崩し設計を始めながら、同時に「体が動くうちにやりたいこと」を実行に移す時期でもある。旅行も体験も、70代より60代、60代より50代の方が楽しめることが多い。「老後にやろう」と先送りにしてきたことを、少しずつ前倒しにする。そしてもう一つ重要なのは、仕事以外の人間関係を再構築することだ。会社の同期、昔の友人、地域のつながり、趣味の仲間。退職後に突然つくろうとしても難しい。「会社を辞めたら会う人がいない」という事態を避けるためにも、社会資本をもう一度育て直す時期になる。資本の守りと、体験の攻め。そして人間関係の再編を同時に進める。

・老年期:年金・金融資本、そして社会資本の効用

ここに来て初めて、年金と金融資産の取り崩しが生活の主役になる。労働は任意になり、体験の密度よりも質が問われる。しかし、老年期に生活の満足度を左右するのは、お金だけではない。気軽に連絡できる友人がいるか。体調を気にかけてくれる人がいるか。地域や趣味の場に、自分の居場所があるか。金融資本は生活を支える。社会資本は、生きる実感を支える。老後に必要なのは、単に資産を取り崩すことではない。若い頃から少しずつ積み立ててきた人間関係の中で、孤立せずに生きることだ。


NISA貧乏にも、NISA難民にもなりたくない。

そのためには、「毎月いくら積み立てるか」だけを考えるのでは足りない。今の自分は、人的資本、社会資本、金融資本のどれに最も投資すべき時期なのか。

NISAは人生を救う魔法ではない。資産を非課税で置いておくための箱にすぎない。箱を満たすことが目的になれば、人生の方が空になってしまう。

アリとキリギリスは、寓話の中でしか会えなかった。
しかし、私たちは、人生の前半では少しキリギリスになり、中盤ではアリになり、後半ではその両方の収穫を受け取ることができる。大事なのは、どちらか一方だけを正解にしないことだろう。

updated: 2026-06-23 21:22:59