転生自由人のホームページ

逃げるのは時として重要な戦略だ。生き延びるためには卑怯でも恥でもない。逃げ遅れて死んだら終わりだから。現代はリベラルでバーチャルな世界だけど、現実はいつの世も優勝劣敗の残酷な生存競争だ。自分は何で勝ち、生き残れるのか。逃げることは大事だけど、そこからは絶対に逃げてはいけない。
「生」の実感がないのは、「死」の実感がないからだ。要は「平和ボケ」というやつだ。平和の副作用で、人生の有限感、明日死ぬかもという危機感がなくなってしまった。平和な時代だからこそ、「人生百年時代」とか「FIRE」のような流行が出てくるのだろう。平和は尊いが、個人を堕落させるのかも。
また、熊本で大きな地震が起きてしまった。被災者の悲しみには言葉も出ない。明日は我が身で、災害大国に生きていることを実感する。自然は人間の味方でもあり、敵でもある。自然崇拝もご立派だけど、人間は自然に生かしてもらっている小さな存在だということを忘れてはいけない。現実はいつも厳しい。
現代の労働の大きな問題はマルクスが指摘した「疎外」なのだろうか。資本効率の重視で分業が極度に進化すると、自分が部品化して仕事の意味が喪失される。その疎外に対抗するとしたら、「フロー」なのかも。あと、自分の仕事が形として残り、他者から感謝されることも大切だろう。世間体じゃないね。
今の自分はサラリーマンの頃のような闇の苦しみがなく、危機感もない平和ボケなんだと思う。次のゲームステージをつくり、挑戦や失敗をしなければ、成長はしないのだろう。うまく言語化はできないけど、世間体的な成長ではなく、自己満足の成長をとことん追求したい。自分の遺伝子が喜ぶ成長だよね。
ドーパミンは悪者ではなく、精神増強剤のようなものだ。その貴重なエネルギーをくだらないコンテンツで浪費して枯渇することが問題なのだ。スマホダイエットすればだいぶドーパミン貯金ができると思うな。現代では『スマホを捨てよ、町へ出よう』になってしまった。
首相のXが大炎上しているとか。BBCでも報道されるほどアホなネタになってしまったようだ。なるほど、確かに馬鹿丸出しというやつだね。古の人たちは「馬鹿につける薬はない」という言葉を遺したけど本当だ。公人はボディーガードをつけるけど、ブレインガードも必要だよね。
社会や他人がつくったクソゲーを一生プレイさせられるのか、自分がつくったゲームをプレイするのか。自分がつくったゲームでゲームクリアを目指す方がいいと思えるか。自分の人生を生きるというのは、そこではないだろうか。
会社員という存在は資本主義の世界にいながら、共産主義的なシステムで生きている存在だと思う。会社の利益や自分の成績など気にしなくても、毎月、同じような額が口座に振り込まれる。これを共産主義以外に何と表現したらいいだろうか?これでは資本主義という世界に生きている自覚もできないだろう。
挑戦したいことがなくなれば、ただの浪費人生が永遠と続く。食べて、排泄して、遊んで、寝るだけの人生に価値があるのだろうか?たぶん、FIREの否定はここにある。社畜労働が嫌なのは自分もよくわかるけど、労働そのものを否定するのは短絡的だ。SNSでキラキラやウェーイしても、心は必ず乾く。