転生自由人のホームページ

何かに挑戦してみようと思ったら、学校とかに習いに行くのではなく、いきなり現場に飛び込む。言葉は悪いが、学校などは所詮はおままごとだからだ。どんなに条件が悪くても、現場で修行を積む方が遥かに早い。経験は学校ではなく現場のみで積まれる。何事も現場、現場、現場だね。野良犬流の処世術だ。
今の新規事業に向けた修行はもう少しで一区切りつけて終わらせるつもりだ。人生は思っているよりだいぶ短い。慣れてきたからといって、惰性でだらだら続けていたら、残り時間が足りなくなる。
しかし、"Back to the nature"といっても、自然が厳しいのは当然だ。都会と田舎の中間地点のような場所に住んでいるけど、亡くなった森永卓郎さんが言った「トカイナカ」で、和洋折衷のようなバランスがいいのかもしれない。中途半端と言われたら、それまでだけどね。
もう腐るほど扱われてきたテーマだと思うけど、現代の都市型人間は自然から切り離されてしまった孤独の病にあるのだろう。本来は人間も自然の一部なのに。少しずつ、"Back to the nature"するのが人生後半のテーマとなりそうな予感ですな。
自分も中途半端なホワイトカラーからブルーカラーに流れている一人だ。 ホワイトカラーへの未練は全くない。スーツより作業着、デスクより作業現場。スーツを最後に着たのは何年前だろうか。もう二度とあの世界には戻れないだろう。いずれ、もっと自然と対峙する仕事に挑戦したい。
中途半端なホワイトカラーがブルーカラーに流れていく現象は増えていくと思うけど、ブルーカラーも増え過ぎれば、いずれ、収束していくのかも。ブルーカラーラッシュも長期的な視点でみれば一時的なのかな?しかし、どちらにもあぶれてしまった人は本当に行き場がない。一体、どうするんだろう?
サラリーマンという働き方は生理的なレベルで合わなかったけど、労働そのものを否定するつもりは毛頭ない。去年は酷暑に耐えられず、かなり長い夏休みをとったけど、休んでばかりだと人間の基礎力はとても衰える。たとえ、お金に余裕ができても、FIREなんてするもんじゃないと思う。
信用より信頼の時代になると思う。「信用」は金融機関の「与信」のような機械的な冷たさがあるけど、「信頼」は人間同士の「絆」のような体温の温かさがあるから。
良い意味での緊張感こそが生きていることの実感となる。人間は本質的に怠け者だから、平和な時代だからこそ、自分を追い詰めて、緊張を与えなければいけないのだと思う。闇雲にスリルを求めるわけでもないけど、死があるからこそ生が輝く。平和は尊いが、平和ボケは生命の尊さを忘却させる。
インフレ時代にお金をただ寝かせていても溶けていくだけだから、どんどんモノに変換していかないといけない。もちろん、モノとはお金を産み出すガチョウではなくてはならない。そう言えば、「ガチョウと黄金の卵」もイソップ寓話だったか。寓話とはいえ、古今東西で通用する話で、奥が深いなと思う。