page146: お手本のいない令和時代
令和時代の若者たちを見ていると、上の世代がパッとしないし、お手本がいなくて大変そうだと思う。
さらに、AIという黒船が襲来し、今後の社会は大きく変化しようとしているが、どのような方角へ行くのかもよくわからない時代、これからどうすりゃいいんだろう?と悩む人はかなり多いのではないだろうか。
平成時代の30数年は日本の暗黒史のような斜陽時代だったが、令和になっても斜陽は終わるどころか、落ちる角度がさらにキツくなった感もある。
国家というシステムをコンピューターのOSに例えると、日本はサポート切れのOSを腫れ物に触るように大切に温存しているままではないだろうか。既得権益勢の抵抗が強く、刷新を許されない絶望的なレガシーOSだ。
通貨は円安というより円弱となり、先進国(?)では、一人負けのような状態だ。この数年で外国人の姿をかなり多く見るようになったのは、この円安の影響も大いに関係があるだろう。通貨安もこのまま放置すると、通貨危機となる可能性はある。かつての経済大国・日本はいつの間にか、悲しいチープ・カントリーになってしまったのだ。
「おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし」という平家物語の序文は日本人のタルムードとして、永遠に残すべきだろう。
もちろん、日本の未来の全てが暗いわけではない。明るい材料だって沢山ある。脳死で日本はもう終わりだ、南無阿弥陀と唱えていればいいわけでもない。でも、子供が減り続け、その少ない子供たちが希望を持てない国の未来が明るいだろうか?
近年の日本でのグレート・リセットは、明治維新、太平洋戦争での敗戦だろうか。それくらいの強烈な外圧がなければ、この国は絶対に変わらない。しかし、一度変わるとびっくりするくらいに、急激に変わる。そういう極端な国民性なんだろう。
日本は外圧が来るまで、変わらない、変われない。ただ、過去の歴史でもグレート・リセットがあったことは、頭の片隅に入れておいたほうがいいと思う。約160年ほど前、「ええじゃないか」と庶民が騒ぎ出してから、約260年も続いた江戸時代はあっという間に消え去った。
そう考えると、令和の若者がお手本を見つけられないのも当然なのかもしれない。お手本にしようとしている上の世代そのものが、これから消えていく古いOSの上で生きてきた人たちだからだ。
ならば、お手本など最初からいないと思ったほうがいいのかもしれない。古い成功モデルを忠実になぞるより、自分なりに試しながら、次の時代の生き方をつくっていく。大変な時代ではあるけれど、見方を変えれば、古いお手本から自由になれる時代でもある。自分もお手本にはなれないが、這いつくばってでも令和時代を生き抜こうと思う。