page145: デジタル・ノマドから、フィジカル・ノマドへ

デジタルの仕事がAIにどんどん侵食されていく未来は、もう誰も否定できないだろう。

少し前にはデジタル・ノマドというのが流行ったが、どうも長続きは難しいようだ。デジタル・ノマドは、プログラマー、デザイナー、ライター、諸々のノートパソコン一台で完結するワークスタイルだったが、これらの仕事はまさにAIの大好物でしかない。

しかし、だからと言って、ITはもう人間のやる領域ではないとは思えない。ITを支える、電気、ネットワーク、サーバーなどのインフラ設備は依然として、人間がつくり、維持しなければならない。AIが稼働できるのはそれらのインフラがあってからこそだ。

電気を引いたり、ネットワークの配線をしたり、サーバーをラックに載せたりなどする仕事は、依然として人間の仕事でAIやロボットができる仕事ではない。最先端のIT業界でも人間が入り込む隙間はまだまだたくさんあるものだ。

近代以降は、「仕事」よりも先に「職業」がある社会になったような気がする。しかし、近現代以前は、職業という概念は非常に曖昧だったのではないだろうか。江戸時代などでは、職人という固い職業観もあったが、庶民は現代ほど一つの企業・職種にアイデンティティを固定する感覚は強くなかったのではないか。

デジタル・ノマドではなく、フィジカル・ノマドへ。現代の感覚だと、日雇い労働者やフリーターのような、不安定で行き当たりばったりな働き方にも見えるが、最近の自分が行き着いた労働のスタイルだ。いや、オリジナルでもなんでもなく、ただの回帰だと思うが。

農閑期に別の仕事をする。仕事がある土地へ移動する。複数の技能を持つ。季節によって仕事を変える。一つの雇用主に人生全部を預けない。これらは、昔の人がもっていたフィジカル・ノマドのライフスタイルではないだろうか。

一つの会社に雇われ続けるための専門性ではなく、どこへ行っても飯が食える技能を持つ。仕事がなくなれば会社を変えるのではなく、場所を変え、案件を変え、必要なら技能まで変える。フィジカル・ノマドとは、そんな柔軟で自由な働き方なのだと思う。

非会社員の戯言だと思われても構わないが、一つの会社、一つの職業という記号に人生を預けるより、自分にはこちらの方がずっと自然に思える。

created: 2026-08-17 22:30:03