page149: スマホを捨てよ、町へ出ようーースマホは現代のアヘンなのか?
20世紀末からの情報革命によって、情報の流通量が人間の情報処理能力を遥かにキャパオーバーしているのは誰もが感じているのではないだろうか。
多くの現代人は、大量の情報を摂取し続けて、消化不良となり、情報肥満で苦しんでいるように思える。食べ物と同様に情報も量より質だと思う。ジャンク情報などいくら入れても何の意味もないどころか、脳にとっては有害だ。なるべく脳の消化によいオーガニック情報を摂取した方がいい。
情報の流通量は情報革命前後でかなりの差、いや、それこそ、天文学的な差があるのだろう。計測する手段などはないが、感覚的に確信できる。
たまには、断食ならぬ、断情した方がいいと思う。
情報処理能力の前に、情報選別能力の方が重要な時代になった。現代の世の中には莫大な量の情報が流れているが、ほとんどが何の役にも立たないゴミだからだ。フィルタリングして、重要情報だけに情報処理能力を使わないと、脳は浪費されて終わる。
スマホは現代のアヘンなのか?
自分はそうだと確信する。電車に乗ると、老若男女がスマホ画面に釘付けになっていて、まさに、スマホ・ジャンキーのような表情で恍惚と眺めている。スマホ依存が進み、スマホがないと、不安で何もできない人ばかりになってしまった。
自分も電車でスマホを使うが、基本的に音声コンテンツを聴くだけにして、画面はなるべく見ないようにしている。電車で眺めていると、揺れて気持ち悪くなるけど、みんな平気なのだろうか?
スマホから目を離せば、目の前には現実がある。歩いている人、建物、店、空、木々、電車の窓から流れる風景。そんな当たり前のものを眺める時間が、スマホによってずいぶん奪われている。情報を得るためにスマホを見ているはずなのに、スマホを見ることで、目の前にある膨大な生の情報を見落としているのだから皮肉なものだ。重要な情報はスマホ画面より、目の前の現実にあるはずだ。
もちろん、タイトルのように本当にスマホを捨てる必要などはない。
スマホは確かに便利な道具だから、使わないのは機会損失だ。
ただ、道具は使うもので、使われるものではない。必要な時に使うだけで十分だ。これだけは絶対に譲ってはいけない。
スマホ・ジャンキー、スマホ・スレーブに堕ちたくなければ。