page150: 令和時代を生き抜く自立分散という戦略

人間も自然の一部だからだろうか、人間の歴史(時間の流れ)も自然の四季のようなサイクルがあるように思える。歴史は数日で見ればほとんど変化などないが、数年、数十年単位で見れば、驚くほど大きな変化がある。

歴史の長いサイクルを俯瞰すれば、破壊・成長の昭和時代、安定・衰退の平成時代が終わり、令和はまた破壊の時代に戻りつつあるようだ。人類史は破壊と創造を繰り返している歴史なのかもしれない。

時代の流れに背き、逆流を突破しようとしてもキツいし、ほぼ不可能だから、波の流れに身を任せつつ、その時代に合った生き方で何とか生き抜いていくしかないと思う。

令和はAI時代に入り、昭和時代のお受験、お就職、お出世の一本道コースが怪しくなってきたのは、そろそろ誰でも薄々は感じているだろう。では、どうしたらいいのか?という答えが見つからず、右往左往しているのが現在ではないだろうか。

AI時代に自分の頭脳一本で戦うのは、産業革命期の鉄道に人力車で抗うような滑稽な姿になるだろう。変化に抗うのではなく、鉄道やAIという新しい発明品を使いこなす者が生き残るのは、歴史が教えてくれている。

昭和、平成時代は社会が用意した正解に盲目的に従えばよかったが、令和時代はその正解が消滅しつつある。だから、過去の正解に執着せず、正解を見つけるのではなく、自分が正解をつくっていくしかないハードな時代だと思う。親や教師の進言は過去の正解だから、あまり当てにしない方がいい。

自分にもこれだ、という明確な答えなどは見つからない。社会の混乱期だから仕方がないと諦めているが、正解がない時代だからこそ、「自立分散」が重要な一つのキーワードになる気がしている。「自立分散」はコンピューターの世界の概念だが、社会の混乱期にも有効な戦略だと思う。

収入の分散。技能の分散。所属先の分散。資産の分散。情報源の分散。居場所の分散。昭和・平成時代の価値観とは真逆だろうが、自分はこれらを意識しようと考えている。

日本では、つい先日も大地震や大雨に襲われたが、自然の前では人間など圧倒的な弱者でしかない。考えてみれば、広大で危険な自然の世界で、一つの場所に人生を固定してオールインするのは非常にハイリスクだ。

自然だけでなく、人間社会も色々と破壊されていくだろうから、自分でバックアップシステムを構築して、フットワークよく生き抜いて行かなければならない。

令和時代は都市のカフェでノートパソコンを開く上っ面のノマドではなく、過酷な自然を移動し続けるノマドの時代になるのかもしれない。

自分は旧来のお受験には一貫して批判的な態度を示しているが、大学自体はまだ完全な無価値でもないとも思う。小学校〜高校までの官制教育とは少し距離のある自由が辛うじて残されていると思うからだ。

社会という生き馬の目を抜くようなジャングルに放り出される前の貴重なモラトリアム期間にスマホの中で正解を探しても見つからないだろう。若者という特権を最大限に生かし、いろいろと挑戦して、いろいろと失敗しなければいけない。勉強する。働く。旅をする。スポーツをする。人と会う。何かをつくる。何でもいいと思う。

若者がコスパ、タイパ、リスパを強く意識するのは、失敗への恐怖ではないだろうか。皮肉だが、「自立分散」システムを構築するには、挑戦、失敗、反省を繰り返していくしかない。挑戦をしないのが最大の失敗で、お受験の世界にあったような、正解や近道などはないと思う。

created: 2026-08-24 09:54:54