page167: 石の上にはせいぜい三年

諺が好きだ。
若い頃は気にも留めなかった諺でも、歳を重ねるとその重みを感じるようになる。
長い年月を経ても消えなかった言葉には、真理が凝縮されている。

石の上にも三年?

「石の上にも三年」という諺もその一つだろう。
冷たい石の上でも三年座り続ければ暖まる。すぐに投げ出さず、辛抱強く続けることが大切だという意味だ。

確かにその通りだと思う。
新しい仕事を始めれば、最初は何もわからない。仕事そのものを覚えなければならないし、人間関係も一から構築しなければならない。その職場特有のルールや文化にも適応する必要がある。これは非常に大きな負荷だ。

しかし、半年、一年、三年と続けていくと、だんだん楽になってくる。
仕事の流れを覚え、周囲の人間関係がわかり、考えなくても身体が動くようになる。
継続は習熟を生み、習熟は慣れを生む。

だから「継続は力なり」も間違ってはいない。
しかし、最近はその先があるような気がしている。

継続 → 習熟 → 慣れ → 麻痺 → 固着

人間の環境適応能力は素晴らしい。
しかし、人間は良い環境だけに適応するわけではなく、悪い環境にも適応してしまう。

入社したばかりの頃には、
「なんだ、この会社は?」
と衝撃を受けたのに、

半年、一年と過ごしているうちに、
「まあ、会社なんてこんなものか」
と妥協を始め、

さらに何十年もいると、
「これが普通だ、これが常識だ」
となっていく。

会社ムラとマイルドヤンキー

仕事に慣れるのは成長だが、職場に慣れすぎるのは「麻痺」なのかもしれない。
そして、同じ人間が同じ場所に長期間滞留すると、もう一つ面白い現象が起こる。

会社が「ムラ」になっていく。
会社とは本来、仕事をするために人間が集まった機能的な組織のはずだ。
しかし、同じメンバーが同じ場所で、何年、何十年と一緒に過ごしていると、仕事だけではない人間関係が大量に蓄積していく。

「あの人には逆らわない方がいい」
「あの部署とは昔から仲が悪い」
「これは昔からこうやっている」
「この仕事は先にあの人を通さなければダメだ」

こうした社内ローカル情報の価値が、だんだん大きくなっていく。
仕事に詳しいというより、社内に詳しい人が生まれる。

さらに進むと、会社員も一種の「マイルドヤンキー」のようになっていく。
もちろん、本来のマイルドヤンキーとは意味が違う。ここではあくまで比喩だ。
地元の仲間と地元の世界で人間関係が完結するように、会社という小さな世界の中で人間関係が完結していく。

「あの人が異動するらしい」
「○○さんが課長になるらしい」
「今度の人事で△△部長が飛ばされるらしい」

外の世界から見ればどうでもいいことでも、ムラの内部では重大ニュースになる。
会社が「職場」から「ウチの会社」へ変化していく。

そう考えると、日本の終身雇用という仕組みには、安定と引き換えに人間を麻痺させる性質もあったのではないだろうか。

もちろん、終身雇用には大きなメリットもあった。
長期間働くことで技能や経験を蓄積できるし、生活も安定する。会社側も長期的に人材を育成できる。

問題は、同じ環境に長く居続けることだ。
同じ会社に三十年もいれば、その会社の常識が自分の常識になっていく。
会社の常識と社会の常識の境界線がわからなくなる。

日本から一度も出たことがなければ、日本の常識を世界の常識だと思ってしまうのと同じことだ。海外へ行って初めて日本が見えるように、別の会社へ行って初めて前の会社が見えることもある。
「あれは社会の常識ではなく、あの会社だけの常識だったのか」と気づく。

損切りする人と塩漬けする人

では、自分から環境を変えればいい。
言葉にするのは簡単だが、実際には難しい。
なぜなら、自らリセットをするという損切りには、勇気と行動と痛みが必要だからだ。

三年働けば、
「せっかく三年続けたのだから」
と思い、

十年働けば、
「十年も頑張ったのだから」
と思い、

三十年も働けば、辞めるという選択肢そのものが頭から消えているかもしれない。

サンクコストは時間とともに巨大になる。
しかし、過去に費やした十年や二十年は、辞めても続けても戻ってこない。
本当に考えなければならないのは、これまで何年座っていたかではなく、これから何年その石に座る価値があるのか、ということなのだろう。

だから「石の上にも三年」という諺を少し逆説的に考えてみてもいいのではないかと思う。

石の上にはせいぜい三年

もちろん、三年経ったら必ず辞めろという意味ではない。
三年という数字にも大した意味はない。
その職業が天職のような僥倖なら、死ぬまで続けるべきだろう。

ただ、会社の仕事を年次で捉えれば、三回も同じクールを回せば十分ではないだろうか。
自分の情けない会社員生活を振り返ってみても、
一年目は新鮮で、
二年目は慣れて、
三年目は飽きる。

もちろん、そこから先に熟練の世界がある仕事もある。
だから、三年経ったら辞める必要などないが、三年くらいを一区切りにして、一度立ち上がり、自分が座っている石を眺めてみるのは悪くないと思う。

まだこの石に座る価値があるのか。
それとも、ただ立ち上がるのが怖くて座り続けているだけなのか。

自分が動かなくても会社は変わる。産業は変わる。技術は変わる。社会は変わる。そして何より、自分自身の肉体も確実に老いていく。
変化を恐れて同じ場所に居続けることが、長期的には最も危険な選択になることもある。
継続は力になるが、長すぎる継続は麻痺にもなる。

石の上にも三年ならまだいい。
石の上にも三十年になると、石が冷たいことすら感じなくなるかもしれない。
だから、ときどき立ち上がって外の世界に出てみた方がいい。

石の上にも三年。
だからこそ、石の上にはせいぜい三年。
人生は有限だからこそ。

created: 2026-09-12 22:10:17