page168: 隣の青い芝と、酸っぱい葡萄
「隣の芝は青い」という諺がある。
他人のものは、自分のものより良く見えるという意味だ。
たしかにその通りなのだろう。
転職先も、他人の家庭も、海外生活も、外から眺めているだけなら実際以上に良く見えることがある。しかし、隣の芝が本当に青いのかどうかは、隣へ行ってみなければわからないのではないか。外から眺めて「きっと青く見えるだけだ」と決めつけてしまうのは、思い込みではないだろうか。
会社の世界でも、似たような言葉をよく聞く。
「会社なんてどこへ行っても同じだよ」
「転職したってもっと悪くなるかもしれない」
「世の中そんなに甘くない」
「ここでダメなら、どこへ行ってもダメだ」
こういう言葉は、外へ出ようとする人を引き止めるには、とても便利な呪文だ。
もちろん、本当にそういう場合もある。
転職して失敗する人はたくさんいるし、前の会社の方が良かったということも多いだろう。
しかし、外へ出たことがない人が「どこも同じ」と断言するのは少しおかしい。
一つの会社しか知らないのに、なぜ他の会社までわかるのだろう。
「日本の常識は海外の非常識」とよく言われるが、同じ日本でも地域によって風習や人間関係はまったく違う。会社も同じだと思う。会社は単なる仕事をする場所ではなく、いろいろな人間が集まった一つの共同社会だ。
上下関係が強い会社もあれば、フラットな会社もある。怒鳴る人間が幅を利かせている会社もあれば、そんなことをしたらすぐに問題になる会社もある。長時間労働を美徳とする会社もあれば、定時になったら皆さっさと帰る会社もある。
同じ国の中でも、会社という村の風習は驚くほど違う。
そして、人間は良くも悪くも環境に染まってしまう生き物だ。
最初は違和感を覚えていたことも、10年、20年と経てば、それが「普通」になってしまう。
会社で長年パワハラやモラハラが横行している環境にいれば、その影響をまったく受けないという方が難しいだろう。
会社選びとは、給料や仕事内容を選ぶだけではなく、
「どんな共同社会で長い時間を過ごすのか」
を選ぶことでもある。
しかし、結婚して子どもができ、家を買い、住宅ローンを抱えると、急に動きにくくなる。
形式上は会社を辞める自由があるが、現実には住宅ローンがあり、教育費があり、生活費がある。長年勤めれば年功賃金や退職金も大きくなり、転職すれば条件が悪くなる可能性も高い。
そうなると、「辞める自由はあるが、現実的には辞められない」という、会社の人質のようなものだ。さらに厄介なのは、年齢を重ねるほど、その状態から抜け出しにくくなることだ。
30代では住宅ローン。
40代では教育費。
50代では退職金と老後不安。
そして、転職市場では、若い頃より条件はどんどん悪くなる。
そのまま今の会社に居続けても自分の人生の時間は失われていく。
砂時計の砂は止まらず、刻々と落ちていく。
株でいえば、含み損を抱えたまま損切りできず、会社に塩漬けされているようなものだ。
「今さら辞めても」
「あと数年だから」
「どこへ行っても同じ」
そんな言葉で自分を納得させながら、定年までをカウントして過ごしていく。
ここで思い出すのが、イソップ寓話の「酸っぱい葡萄」だ。
狐が高いところにある葡萄を取ろうとするが、どうしても届かない。
すると最後には、「あの葡萄はどうせ酸っぱいに違いない」と言って立ち去る。
人間も狐と同じことをする。
自分が選べなかった人生や、自分が行けなかった世界について、
「どうせ大したことはない」
と思うことで、自分の現状を正当化する。
転職した人を見て、「どうせ苦労している」
独立した人を見て、「不安定で大変だ」
海外へ出た人を見て、「日本が一番いい」
そう思うことで、動けない自分を安心させる。
しかし、それは本当に葡萄が酸っぱいからなのか。
それとも、自分には届かなかったから、酸っぱいことにしただけなのか。
人間には昔から、外の知らない世界を見たいという欲求がある。
知らない土地へ行きたい。
違う人間と会ってみたい。
違う仕事をしてみたい。
今いる場所とは別の世界を見てみたい。
これはかなり人間の根源的な欲求なのだと思う。
人類が移動し続けてきたのも、ただ食料を求めただけではなく、未知の世界を見たいという好奇心があったからではないだろうか。
それに対して、
「隣の芝は青い」
「石の上にも三年」
「どこへ行っても同じ」
という言葉は、ときに人間を壁の内側へ閉じ込める呪文になる。
ただ一つ言えるのは、壁の内側しか知らないのに、壁の外側を語るのはおかしいことだ。
隣の芝が青いのか、枯れているのか。
葡萄が甘いのか、酸っぱいのか。
そんなものは、自分で確かめなければわからない。
動くか、動かないかは自由だ。
しかし、「動かない」と「動けない」はまったく違う。
物理的に同じ場所にいたとしても、その人生は大きく違う。