転生自由人のホームページ

エアコンなしで過ごせる時期もあと少しかと思うと、まだ今の梅雨の方がいいな。去年の夏はかなり酷かったけど、今年はどうなんだろうか?自分が子供の頃はエアコンなんてない家の方が多く、当時は30度を超えたら異常のような認識で、団扇と扇風機で事足りた。今では信じられないような話だけど。
好きなこととか、リスキリングとか言っても、世の中は甘くないから、多くの未経験者は一銭も稼げないで終わる。自分が得意で経験があることでしか、人様のお役には立てないから、誰も相手にもしてくれない。定年後に未経験の職業で独立のようなのは最悪で、今までの経験の延長にしか活路はないと思う。
平常時より異常時に人間の本性は出るものだと思う。 慌てて逃げる人。責任転嫁をする人。誰かに相談する人。誰かに助けを求める人。落ち着いて状況を見る人、いつもと違う状況を楽しむ人。残酷なほどに露出されるが、それが人間の器ということなのだと思う。
コンピューターという無機質な物体と美術を混ぜてAppleが産まれたように、異物を混ぜる化学変化はとても面白い。最近はまったく"Stay Hungry Stay Foolish"ではない自分への戒め。この名言のオリジナルはバックミンスター・フラーという人だったんだね。知らなかった。
ヨーロッパの熱波で苦しむ人たちを見ると、エアコンというのは20世紀でもかなり上位の発明だったのだと実感する。キンキンに冷えた空間は苦手だけど、蒸し風呂のような地獄よりはよほどマシだと思う。エアコンは車と同じで、環境には悪いのだろうけど、社会には必要悪なのではないだろうか。
Googleが出てきて「知らない」という言い訳ができなくなり、AIが出てきて「わからない」という言い訳もできなくなった。人間の怠け者というリアルがこれほど露出される時代もないのではないか。可処分時間(寿命)という究極の資産を何に使うのか(使命)がより問われる時代になるのかも。
自己投資と事故投資という言葉に笑ってしまった。失敗を恐れる人が多い気がするけど、失敗こそ資産だと思う。苦労という言葉は好きではないから、「若い頃の苦労〜」は「失敗」に置き換えたい。失敗を避けるから、コスパとかタイパとかの安易な近道の正解を求めるようになってしまったのではないか。
「ミニマリスト」への部分的共感は、経済的なメリットだけでなく、所有することによる維持、管理、廃棄、責任などのコストを減らすことができるところだ。しかし、極端になると「ミニマリスト」という重荷ができてしまう逆説もあるから、何事もバランスが大切だよね。いつもの手段と目的の話だけど。
デフレでは物価は下がるが賃金は上がらず、インフレでは物価が上がるが賃金は追いつかない。結局、賃金に生活を託すしかない庶民は、いつの時代でも物価と賃金の板挟みになりやすい。問題はインフレかデフレかではなく、生活に必要なものを買えるだけの実質的な所得があるかどうかだろう。
近所のスーパーを覗くと、米の値段もだいぶ下がってきたようだ。備蓄米などもほとんど見当たらなくなった。あの米騒動は一体なんだったのだろうか。原因がよくわからないまま、何事もなかったように忘れられていくのだろうか。